フォレスト ガンプ 考察。 名作『フォレスト・ガンプ』について知られざる事実15選

トム・ハンクス主演映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』アメリカ現代史の証人/歴史・実話・事件の解説: レビュー・アン・ローズ

フォレスト ガンプ 考察

背骨が曲がっているために足に矯正器具を付け、知能指数が低いために小学校にも入学できないと言われていましたが、母親の努力と執念のかいあって、誠実で真っすぐな少年時代を過ごします。 そして学校に通ったおかげで、唯一の友達である美しく優しい少女ジェニー・カランと出会うことができ、矯正器具がなくても走れるようになりました。 それどころか足の早さを買われ、フットボールに力を入れる大学にも推薦入学することができたのです。 大学生になっても誠実で真っすぐな少年のまま成長していき、フォレストの人生は全てが順調に進んでいたように見えましたが、唯一の友達であるジェニーは大学生になる頃には少しずつ変わり始めていて…。 トム・ハンクスといえば自分の中では映画『』シリーズのイメージが強いのですが、今作では見た目が若いし、演じているキャラクターも若く今までのイメージとは正反対をいくようなものだったので、最初に見た時には驚きましたね。 年齢的に若いというのももちろんあるのでしょうが、今作では「ダ・ヴィンチ・コード」のラングドン教授のような知的さ・神経質さ・論理さみたいなものがなく、ママを連呼するようなマザコンっぽさがあったり、思ったことをそのまま発しているような幼さがあったりして、ラングドン教授のイメージが強い分少し違和感がありました。 ただ観ていく内にだんだんその違和感がクセになってくるような面があり、トム・ハンクスの少し変わったキャラクター、見た目、行動などがストーリーが進むにつれて普通に感じてきたり、共感できるようになっていて面白かったですね。 ベンジャミン・バトンほど特殊な環境下ではありませんが、背骨が曲がっているということで足に矯正器具を付けていたり、父親がいないために母親が必死に自分を支えていたり、自宅で下宿屋をやっていたというのも、自宅が老人ホームだったベンジャミンと似ている部分があったかなと思います。 そしてある程度成長してからのストーリーは、色々な人と出会いながら大きな男に成長していく過程・雰囲気、フィクションのような現実のような展開が「ビッグ・フィッシュ」と似ていましたね。 違うのは2つの作品のように特定の人に語り掛けているわけではなく、バス停のベンチで偶然出会った見ず知らずの複数人に語り掛けているという点です。 自分の愛する人に自分のことを伝えるために話しているわけではないので、自分に語り掛けているような、世間話をするように壮絶な過去の話をしているような、話すことで愛する人たちを懐かしんでいるような、そんなつかみどころのない独特の雰囲気が漂っていました。 そんな独特な雰囲気があったからこそ、観ている側も同じバス停のベンチで座っているような感覚でフォレストの話をただ聞いたり観ることができて、フォレスト・ガンプという人物と彼の人生に惹き込まれるものがあるように感じましたね。 フォレストを小学校に入学させるために母親が校長先生とベッドインしていたり、大学時代にはジェニーと良い仲になりそうになっていたシーンもあり、その後ジェニーは女性を売りにする仕事をしていましたし…。 ジェニーの父親は酒を飲んでは子供達に暴力をふるうような人物で、ジェニーが交際する人物はみんな父親のような暴力的な男で、時代的にも戦争・黒人差別・知事や大統領暗殺事件などもありますし…。 正直子供が観るにはテーマが重すぎますし、登場する人物たちも子供に観せるには独特でダークなキャラクターが多いように思います。 年齢制限なしということで、ベッドシーンや暴力シーンが映像的に直接映ることはありませんが、細かい表現が結構しっかりとしていますし、戦争によって負傷した兵というのも人によっては刺激が強すぎるように感じました。 映画の中の1演出、1表現として捉えられる方であれば問題ありませんが、そういった区別の難しい子供と一緒に観るのは避けた方が良いと思いますし、大人の方でも人によっては苦手な表現の多い映画かもしれません。 何も考えずに軍紀・上官に従っているように見えて、軍隊時代に出会ったババやダン中尉といった、大切な仲間や友達のことを真っすぐに思いやって行動していたりするフォレストの人間らしい部分にほっこりともするのですが、それらを次々に失っていくシーンは切なかったです。 退役後は一緒にエビ捕り漁をしようと約束していた親友・ババを亡くし、足を大切にしろと教えてくれた頼れる上官・ダン中尉は両足を失い、その他の多くの仲間もケガをしたり亡くなったり…、笑えるシーンがあったからこそキツイものがあり、笑いからの戦争で過酷さや残酷さを強く表現しているように感じました。 特にその後も長い付き合いが続くダン中尉は、自分に自信と誇りを持っている人物だったのに戦争で多くの部下を失い、足を失い、自分だけ生き残ったことで全てのものを失ったような姿は観ているのがツラかったですね。 でも多くのものを失っていても、フォレストに八つ当たりしていてもダン中尉であることには変わりなくて、それを嬉しく思いつつも切なさもあったりして…、上手く表現することができない人物ではありますが、個人的には今作の中で1番好きなキャラクターでした。 戦争をメインにしているわけではないので直接的な表現は少ないですが、それでもかなり残酷な展開も多くなっているので、戦争映画が苦手な方だと注意が必要な映画ですね。 幼い頃は人形のように美しかったのに、荒れた生活のためにだんだん青白い肌や深いクマのある顔立ちになり、見た目は派手になっていくけど露出が多くなっていって、暴力的な男に捕まっては自分を売っていくような自暴自棄さ…。 父親の虐待という過去を思えば致し方ない部分もありますが、ヒロインとしては少しダーク過ぎる雰囲気が漂っていましたね。 重いテーマの多い映画の中ではキャラクターが非常にマッチしていて悪くなかったとは思うのですが、女性の方だと彼女の人生や行動は受け付けない方が多いのではないかなと思います。 自分の人生を自由に生きていると言えば聞こえはいいですが、身体を売ってクスリを打って、男の元を点々としながら気まぐれにフォレストの前に現れて、フォレストと良い関係になったと思いきやさらに深みにハマってドロドロとしていき…、イマイチ何がしたいのか掴めませんでした。 最後もついにフォレストの想いが通じた!という点ではハッピーエンドですが、今までのことを思うと納得いかない部分もあるというか…腑に落ちない印象もありましたね。 キャラの雰囲気や行動、そして最後の腑に落ちない感じは映画『』に近いように感じましたね。 「トレインスポッティング」のような若気の至りが好きではない方、ヒロインらしいヒロインを求めている方、周りの人を巻き込むタイプの女性がお好きでない方だと、彼女を好きになれな方は多いかもしれません。 ただのバス停で人生を語るというストーリー展開が、エンディングにガチっと繋がるようになるとは思っていなかったので、思いがけない衝撃もありつつ、面白い展開が繰り広げられていて好きでしたね。 特に靴。 冒頭でフォレストはボロボロに汚れた靴を履いていましたが、それは終盤でジェニーからプレゼントしてもらった大切な靴であったことが判明し、走る時から普段の時までずっと履き続けていたことを思うと、何ともほっこりとする感じがありましたね。 そして、結婚式のときに駆けつけてくれたダン中尉!フォレストとやっていたエビ捕り漁で財を成し、投資家としてアップルに投資したことでさらに莫大な財を手に入れて、戦争で失っていた自信や誇り、生への活力、そして足を取り戻していました。 隣には婚約者もいて、見た目もホームレス系から年相応で清潔感のあるダンディーな装いになっていて…、ダン中尉好きとしてはフォレストの結婚以上に嬉しい展開でしたね。 冒頭からラストに繋げながら、ハッピーエンドにまとめた良いラストだったと思います。 フォレストの人生が奇想天外すぎてあまり目立たないかもしれませんが、フォレストの母、ジェニー、ダン中尉といった人々の人生もかなり波乱万丈で、でも全ての人生が最終的には幸せな方向に向かっていくというのが良かったですね。 ただ、感動というのとは違いました。 笑えるのに切ないストーリー、人の優しさや変化、そして心温まる幸せなラストが面白いと感じられるような作品だったので、感動する作品というよりかは、1作品として楽しめる面白い作品だったと思います。 人の人生を見守るような映画が苦手な方だと敬遠しがちな映画かもしれませんが、笑いと切なさの入り混じるストーリー・展開・キャラクターが魅力的な作品になっているので、ぜひとも1度チェックしてみてください。 あくまでも個人的な考察・解説なので必ずしもこれが正解というわけではありませんが、参考程度に見て頂けると幸いです! 人生をチョコレート箱に例えた名言の意味 チョコレートの箱には色々なチョコレートのデザインが書かれています。 しかしアソートの場合はその全てが描かれている訳ではありませんし、どんな味があるのか、見た目はよくても美味しいのかどうかは食べてみないことにはわかりません。 そしてフォレストがジェニーへのお土産のチョコレートをつまみ食いしていたように、中身は誰かが食べ終わってしまったあとで、もうチョコレートは入っていないのかもしれない。 フォレストが雨の日にチョコレートを片手にずっと待ち続けていたことから、中のチョコは雨でべちょべちょになってしまっているか、もしかしたら溶けてドロドロになってしまっているかもしれない。 もしかしたらチョコレートを食べ終わったあとに、チョコレートの箱を小物入れに活用しているかもしれない。 中身がどうなっているのかは開けてみるまで分かりません。 シュレーディンガーの猫と一緒で、開けてみるまでは美味しいたくさんのチョコが詰まっているのか、空っぽなのか、食べかけなのかは知ることができず、開けるまではそのどちらの可能性もあるということを表しているのだと思います。 人生も同じで、生き切ってみなければ良い人生だったのかは分からないし、どんな人生だったのかは分からず、そして自分次第でどちらの可能性も残されている…もっと言えば、味覚が人それぞれなように、そのチョコが美味しいかどうかを決めるのは自分次第というところまで、人生に例えているのではないでしょうか。 「フォレスト・ガンプ/一期一会」は重いテーマだが、笑いと切なさがある 重いテーマではあるものの、フォレストの人生・キャラクターを織り交ぜながら描いていくことで、笑いと切なさのある比較的観やすいいい映画になっていたと思います。 テーマ的に人を選ぶ部分はあるかもしれませんが観て損のない映画になっているので、こういったテーマが苦手という方でもぜひ1度はチェックしてみてください!.

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映画「フォレストガンプ ~一期一会~」から学ぶ南部訛りの英語と、描かれないアメリカ歴史の闇

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Contents• ダン中尉はなぜアジア人と結婚したの? ベトナム戦争でのダン中尉 ベトナム戦争でフォレスト・ガンプは活躍し、数多くの仲間を助けました。 その中にはダン中尉も含まれています。 ダン中尉は代々軍隊の家系で戦場で殉死してきましたが、フォレストがその流れに終止符を打ちました。 しかし、ダン中尉は助かった代わりに両足を失ってしまいます。 神様と仲直りしたダン中尉 フォレストとエビ事業を成功させたダン中尉。 その後、エビ事業で成功した資金を元手に投資業をやりながら生活を送ります。 そして時は流れ・・・・。 フォレストとジェニーの結婚式の際にダン中尉はアジア人女性と結婚していました。 なぜアジア人と結婚したのでしょうか。 ベトナム戦争で足を奪ったのはアジア人。 そのアジア人と結婚することで「神様と仲直りした」とされています。 つまり アジア人との結婚=戦争体験を消化、という意味合いがあるようです。 (もちろん奥さんの人柄もあるのでしょうが。 ) ダン中尉が足がないことについて スペースシャトルのチタン合金製の意味 これには個人的に意味が含まれていると考えています。 ダン中尉を演じたのはゲイリー・シールズ。 実は有名な映画「アポロ13号」の主要人物として登場しているからです。 彼のスペースシャトルにはそんな遊びも含まれていると推測されます。 車椅子や足がないシーンはどう撮影した? 主に2通りで撮影されています。 CG処理で「ひざ上」から下を消去 B. 帰還後も「車椅子」に乗ったままのシーンでは「正座」して、足を失っている演技をしています。 まとめ 1. ダン中尉は代々軍隊の家系で戦場で死んできた。 ダン中尉はベトナム戦争で両足を失い、アジア人に良い感情を抱いていない。 アジア人との結婚は「神様との仲直り」と考えられる。 (戦場で死ねなかったことを恨んでいた様子) 4. ダン中尉の義足はチタン製でスペースシャトルにも使われた。 演じた役者は翌年アポロ13号に出演している。

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100点【フォレストガンプ】観るたびに新しい発見があるNetflix

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主人公のが歩んできた人生をベンチで出会った一人一人に対して語り掛けていくというストーリー構成。 ゆったりと語る彼の話からはじんわりと感じさせる何かがあると思いました。 この映画が伝えたいことは何か? あずっちは、映画には必ずメッセージがあると思って観ています。 そして幼少期は、歩装具を付けなければきちんと歩けないような足にも若干の障害のある子供でした。 そんなはいじめの標的に。 初めて学校に通う日。 彼の家にスクールバスがやってきました。 ほぼ満員のスクールバス。 座席を探す彼に向けられる言葉は「ここには座らないで!」という冷たい言葉でした。 そんな中、ジェニーという女の子は違いました。 彼女は唯一「隣に座っていいよ」と言ってくれるのです。 なんて優しいんだろう。 それからとジェニーのつながりは始まります。 は知的に遅れており、何事もまっすぐに、純粋に、とらえます。 ある日ジェニーと一緒に帰っていると、いじめっこたちがに向かって石を投げつけました。 ジェニーは「フォレスト、走って!」と言います。 すると、それをまっすぐにとらえたは、ただがむしゃらに走ります。 そう、ただがむしゃらに。 すると、足に付けていた歩装具がみるみる外れ、ついには通常以上に足を動かすことができるようになり、普通に走ることができるようになってしまうのです。 高校生になっても、彼はジェニーと一緒。 そしていじめっ子たちも。 いじめっ子たちは相も変わらずに石を投げつけます。 すると、またジェニーは「走って!」といいます。 まっすぐにとらえるはただがむしゃらに走ります。 そう、ただがむしゃらに。 すると、彼の走りを見たチームの先生が、大学のチームに引き入れます。 ・・・ このように、ただまっすぐに生きるはいろいろな人と出会い、いろいろなことを学びながら成長し、そして成功していくのです。 あるときは陸軍として成功し、ある時は卓球で成功。 そしてまたある時は、エビ漁で成功、そして、走り続けて成功。 などなど。 この映画でポイントとなるシーンはどこだろう? 映画のポイントとなるシーンは、映画で伝えたいメッセージが色濃く反映されているということ。 それはどこだったのでしょうか。 あずっちは、この映画のポイントとなるシーンは、 陸軍として栄誉賞を授与した後、なぜかセントラルパークでスピーチをすることになったとき だと思いました。 これは、戦争反対を掲げるデモ参加者の集会だったのだと思います。 そこで、ひょんなことからスピーチをすることになった軍服姿の。 戦争で功績をたたえられたが、戦争反対のデモに参加するという奇妙なシーンです。 の前にスピーチをしていた若者は「ファ〇ク!」を連呼します。 それに対して聴衆は熱気に包まれます。 そして、の出番になったとき・・・ ある軍の兵士がマイクの線を抜いてしまいます。 それに気が付かないは滔々と話し始めます。 聴衆からは「聞こえねぇぞ!」というヤジ。 しかし、近くでスピーチを聞いていた若者は「本当に君の言うとおりだ・・・」とに抱き着き、 その直後、行方が分からなくなっていたジェニーが聴衆の中から「フォレスト!」と叫びながら登場してきます。 この映画を通して、結局が話した内容は明らかにされていません。 あずっちも最後の方で、何を話したのが明らかになるのかなと思って観ていましたが、最後まで分からずじまい。 ってことは、ここに大事な、映画作成者が観ている人に感じ取ってもらいたい何かがあるはずなのです!! あずっち的考察 あずっち的には、この場面でが述べるとしたら、 ババのことのことだと思います。 ババとは、陸軍時代に一緒に活動していた黒人の兵士。 彼は兵役が終わったらエビ漁をして生活したいと言っていました。 その彼が、で負傷し、亡くなりました。 てみれば、ババの死は強いショックになったのだと思います。 帰国して、栄誉賞を受賞しても、まっすぐな思いをもっているには関係なし。 てみれば、「大切な人とと別れたこと、大切な人ともっと一緒にいたかった事」が最も重要なことなのだと思います。 ではダン小隊長も負傷していました。 ダン小隊長は両足を切断するほどの重症。 自らは戦地で死ぬ覚悟でしたが、不覚にもに助けられてしまった。 これからどう生きていけばいいのか悩み苦しんでいるダン小隊長は、を憎みます。 一方、はダン小隊長を信頼していたので、生き残ってくれてうれしい気持ちでいっぱいだったのだと思います。 ある日、の病床にいるはずのダン小隊長を訪れた。 すでにダン小隊長は帰国していました。 これに対しても、は深い悲しみを抱いているように感じました。 ババもダン小隊長も、どちらもにとっては大切な人だった。 なのに自分の元から離れていってしまった。 戦争で人を傷つけて悲しいとか、自分の大切な人を殺されたから敵が憎いとかそういうことではなく、ただただ純粋に「別れがつらい」ということなのだと思います。 つまり! あずっちが何を言いたいのかというと、このスピーチで述べられたこと。 すなわち、この映画のメッセージとは、 「大切な人と一緒にいられる時間がいかに素晴らしいか」 ということだと考えられます。 この映画は全体的に、最愛のジェニーと別れを何度も繰り返している。 その度に、なんとも言えない悲しそうな顔をする! (あぁ・・・なんでこんな演技ができるんだトムハンクス!!) 大切な人と一緒にいられることがお金とか名誉よりも大事なのだよね。 うんうん。 のエッセンス 人生は、運命の通りに事が進んでいるのか?それとも風にたなびくように自由に人生を進んでいるのか。 それは両方同時に起こっている。 みたいなことを映画の最後にが言います。 今あなたが 自由にしている決断の連続が、後に長い時間軸でふりかえってみると 運命 と呼ばれるのです。 大切な人のために、今自分ができる精一杯のことをしていきたいものですね。 では!.

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