文豪 の 悪口。 文豪たちの悪口本/彩図社文芸部/編 本・コミック : オンライン書店e

「文豪たちの悪口本」彩図社文芸部: 書評「ブック・ナビ」

文豪 の 悪口

提供 1968年、ノーベル文学賞受賞決定で報道陣のカメラに囲まれる川端康成 (c)朝日新聞社 夏目漱石、森鴎外、菊池寛、石川啄木、太宰治など、明治・大正・昭和に活躍した文豪たちの「皮肉」「嘆き」「怒り」の言葉を集めた『文豪の悪態』(朝日新聞出版)。 時に本能むき出しに、時にひねりを利かせた、文豪たちの悪口の一端を、本書の著者で大東文化大学教授の山口謠司氏が紹介する。 * * * 今回は、素晴らしい「悪態」をついた文豪、稲垣足穂(1900~1977)を紹介しよう。 稲垣足穂、明治33(1900)年、大阪・船場に生まれ、少年期を神戸市と明石市に過ごす。 関西学院中学部を卒業。 19歳の時に書いた『小さなソフィスト』をもとにした短編小説を佐藤春夫に送り、絶賛される。 これがイナガキタルホの名前で『一千一秒物語』となって彼の名前を一躍有名にした。 「月から出た人」「星をひろった話」「流星と格闘した話」「月光密造者」「銀河からの手紙」など、タイトルだけ見ても、読んでみたくなる。 小説としては他に『タルホ流星群』『ミシンと蝙蝠傘』『人間人形時代』などがある。 あまり知られてはいないが、横光利一、江戸川乱歩、石川淳、伊藤整、三島由紀夫なども高く評価する特異な小説家である。 足穂は、自身の作品は、『一千一秒物語』(1923年、金星堂)の注釈であると言うが、昭和44(1969)年4月、氏の『少年愛の美学』が新潮社主催第一回日本文学大賞(「日本芸術大賞」「新潮新人賞」とともに、新潮社の三大新潮賞の一つとして、1968年から87年まで設けられていた)を受賞した時の「週刊文春」(昭和44年4月14日号)へのコメントがすごい。 「選考委員に感謝の念なんておきませんよ。 アイツらよくここまできたなァという感じですナ。 まあ、川端をえらんだノーベル賞委員よりはイナガキタルホをえらんだ日本の委員(中村光夫、伊藤整、丹羽文雄、三島由紀夫の四氏)の方がエライ! ノーベル賞もメーテルリンクのころはよかったけど、チャーチル以後は信用せんね」というのである。 当時稲垣足穂は、すでに68歳になっていた。 処女作の『チョコレット』『星を造る人』が「婦人公論」に発表されてから47年、代表作『一千一秒物語』から数えて46年が経っていた。 その間、「文藝春秋」「新潮」「新青年」「文藝時代」などに作品を発表し、『星を売る店』『天体嗜好症』『WC』などを出版していた。 ただ、昭和5(1930)年、佐藤春夫が、稲垣足穂が嫌った菊池寛のことを褒めると、「文藝春秋のラッパ吹き」と佐藤を詰り、そのまま郷里である明石に帰り、以後、出版界からはほとんど遠ざかって、同人誌などに作品を発表するばかりだった。 ところが、昭和43(1968)年、三島由紀夫が『小説家の休暇』で「昭和文学のもっとも微妙な花の一つである」と書いたことで脚光を浴び、日本文学大賞を受賞することになったのだ。 足穂は「週刊文春」に次のように述べている。 「ボクの小説にというんだったら、断りましたよ。 小説なんてのは恋愛とおなじで認められたら終りじゃないか。 (中略)『少年愛の美学』は前人未到のエッセイですよ。 プラントンの『饗宴』以後、最初のworkですよ。 「(本書は)男女の二元論として考えられたセックスの昇華された形であるところの、一元論的エロスの絶対的世界を思考しているものと解すべきものであって、氏の性愛的資質は、そのまま氏の美学における抽象的衝動と結びつくのであ」って、「実践的なホモセクシュアルのすすめなどと思ったら、それこそとんでもない見当違い」であると。 とにかく、本書は、「性愛」を哲学的に攻究するには不可避の哲学的示唆に富む名著に間違いはないのである。 ところで、足穂はアルコール中毒で、飲み始めたら止まらない人だった。 弟子のひとりである折目博子さんは、文春のインタビューに、足穂が授賞式に出たらどんなことになるかと心配で仕方がないと訴える。 これに対して足穂は次のように言い放つ。 「授賞式? 出んよ。 いきゃあウレシガリみたいでしょ。 授賞式なんて猿芝居。 川端なんてスウェーデンの皇帝ですか、あんなのにペコペコしやがってミットモナイ。 それに飲みゃケンカするからナ、井上(靖)なんかと。 井上は文学ハキ違えてますよ。 アツカマシイ。 字引でもなんでもすぐ推選やから。 アイツの詩なんてなんですか。 言葉と言葉つなげたにすぎん。 まァしかし、井上なんてのは大衆作家だね、そう思えば腹もたたんか」 この時、日本文学大賞を同時に受賞したのが、井上靖の『おろしや国酔夢譚』だった。 もしも授賞式に出席したら、飲んでくだを巻いて井上靖にどんな言いがかりをつけるか、弟子の折目さんは心配だったに違いない。 最後に、足穂が見立てた作家への毒舌を記しておこう。 「小林秀雄なんてのはニセ者だ。 いうなりゃテキ屋、夜店のアセチレンのニオイがしています。 川端は千代紙細工。 石川淳なんてコワもてしてるけどなにいってるかサッパリわからん。 漱石、鴎外は書生文学、露伴は学者。 荷風は三味線ひきだよ、スネもんでね、そこが少しは面白い。 三島? ヤリ手だナ。 アバれるところはなかなかいいよ。 ケンランたる作品が多いけどドキッとするものがないや」 こんなふうに作家をバッタバッタと切り捨てた足穂、芥川龍之介は「大きな三日月に腰掛けているイナガキ君、本の御礼を云いたくてもゼンマイ仕掛の蛾でもなけりゃ君の長椅子には高くて行かれあしない」と書いている。 「わたしは世界の果てからネクタイを買いに来た」という足穂、世界の果ての感覚で、彼は日本の文学界に対して悪態をついたのかもしれないと思うのである。 (大東文化大学教授・山口謠司).

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「文豪たちの悪口本」文章のプロフェッショナルの悪口、その魅力

文豪 の 悪口

文豪たちは悪口もすごかった! 太宰治、中原中也、夏目漱石といった作家ごとに分類し、文豪同士の喧嘩や家族へのあてつけ、世間の愚痴などを、随筆・日記・手紙・友人や家族の証言をもとに紹介する。 【「TRC MARC」の商品解説】 文豪と呼ばれる大作家たちは、悪口を言うとき、どんな言葉を使ったのだろうか。 そんな疑問からできたのが、本書『文豪たちの悪口本』です。 選んだ悪口は、文豪同士の喧嘩や家族へのあてつけ、世間への愚痴など。 随筆、日記、手紙、友人や家族の証言から、文豪たちの人となりがわかるような文章やフレーズを選びました。 これらを作家ごとに分類し、計8章にわたって紹介していきます。 川端康成に「刺す」と恨み言を残した太宰治、周囲の人に手当たりしだいからんでいた中原中也、女性をめぐって絶交した谷崎潤一郎と佐藤春夫など、文豪たちの印象的な悪口エピソードを紹介しています。 文豪たちにも人間らしい一面があるんだと感じていただけたら、うれしく思います。 谷崎と佐藤の喧嘩は、谷崎が千代を離縁し、それを佐藤が拾うことで解決したって、この部分が一番馬鹿馬鹿しい。 悪口なんて誰だって考えるけど、「文豪」って「偉そう」って意味以外なら、悪口に文豪らしさは見られない。 言葉のプロだけに、その刃はかなり鋭利です。 文豪だからといって、品行方正な人間のお手本というわけではないんだなあと改めて感じます。 作家伝などからは見られない、同業者同士の仁義なき口争いを見ると、作家も生の人間で、けんかっ早い人も多かったとわかります。 作家同士の悪口の応酬も掲載されていますが、どうも太宰治の登場回数が多いです。 そんなに周りを口撃する人だったのでしょうか。 坂口安吾は『堕落論』を書いたので、堕落寄り(?)の人かと思っていましたが、文章を読むに至極まっとうな人だと感じました。 敬遠していたきらいのある『堕落論』ですが、著者への興味を持ったのを機に、読んでみようと思います。 芥川龍之介が夏目漱石を語る際に、 「先生はロダンを山師だといい、モオパスサンを巾着切りみたいなやつだと言っていた。 」そうです。 漱石もなかなか口が悪い人のようですね。 延々と長文にわたり、とうとうと悪口が書き連ねてあるものもあります。 よくここまで続くものだなあと感心するほど。 中原中也はフランス語ができる人でしたが、ニーチェの「ツアラツストラ」を仏語版で読んだそう。 すごい語学力ですが、「なんと面白くない本田。 やっぱり独逸人はバカだ。 」と言っているので、インテリも台無しです。 繊細な詩を残している中也ですが、とても口が悪く、ケンカっ早かったそうです。 総じて、文学史に名を連ねるそうそうたる文豪の先生方が、舌鋒鋭く相手をけなし合っている様子に唖然としますし圧倒もされます。 結局みんなとても人間らしく、だからこそ豊かな感情表現が作品の数々に現れているのかもしれない、などと思いました。 面白い視点からまとめられたの本。 ほかのジャンルの方々の悪口本も、出たら読んでみたいです。 だがよく考えると「悪口本」が立派な装幀というのも変だ。 だから、これで、いいのだ、たぶん。 ベースはブラックだし、それに背表紙だけで薄ら笑いが浮かんでくる。 太宰治の、あの有名な頬杖をついた憂い顔の画像が入っているのだ。 書店の棚でこの本の書名を見た人は、「おお、太宰が誰かの悪口を言っているか、言われているかだな」と思われるだろう。 訴求力の高さという点で、この背表紙は巧い。 今回は、解説は殆どない。 悪口がエグすぎて、フォローの施しようがない。 それでも笑ってしまうのが、文豪と称された人たちの凄いところだろう。 実に嫌らしくしつこく下衆の極みで、それを名文で綴っている。 「ペンは剣よりも強し」と熟知している人々だから、その筆致も鋭いことまぁ。 今だったらSNSでたちどころに炎上騒ぎとなり、むこう5年くらいは顔出しNGかも。 注意深く暮らしていても、知らず知らず人は間違いを犯すもの。 注意しなければ尚更だ。 しかもこれは誤作動ではない。 相手を傷つけ打ちのめす目的で書かれた手紙や日記・随筆、友人や家族の証言などだ。 更に開いた口が塞がらないのは、大正期の文藝春秋に掲載されたという、文壇を揶揄する「文藝書家価値調査表」というもの。 芥川龍之介から始まる書家約70人の、「学殖・天分・修養・度胸・風采・人気・資産・腕力・性欲・好きな女・未来」がそれぞれ数値化されているのだ。 製作したのは直木三十五らしいが、これはひとの道を外れている(でも可笑しい)。 で、当然ながら文豪たちは真っ向から怒りを表明しているのだが、掲載したのが読売新聞や雑誌・新潮だったというのが、これまた凄い。 編集の人たち、絶対面白がっていたよねぇ。 ゴシップはこうして作られるというモデルケースを見るようだ。 これは呆れる。 でも笑える。 笑って笑って、顔が元に戻らないのではと心配したくらいだ。 坂口安吾の「不良少年とキリスト」の掲載もあり、その中で安吾は太宰治と志賀直哉を評しているが、それがこの本の白眉だろう。 ここだけでもじゅうぶんなほどの読み応えで、後半に載せた夏目漱石や永井荷風、佐藤春夫や谷崎純一郎がむしろ愛すべき人にさえ見えてくる。 誰かの悪口を言いたくなったら、思い切り紙に書きなぐってみると良いのかも。 でも文豪でも何でもないただの凡人なのだから、そこは分をわきまえて誰にも見えないところに廃棄するのが良いのだろう。 ところでワタクシ、自分の悪口を聞くと妙に嬉しくなってしまう変なところがある。 上手い言い方をしてくれるほど、それが大きい。 その悪口は私の外側に対してであって、私自身ではないのだから。 参ったか。 名作と言われる作品を残した人物とは思えないぐらい直截的な罵詈雑言。 たまにニヤッとするものもあるけれど、子どもの喧嘩のようなものもある。 中でも面白いのが、中原中也が初対面の太宰治に言ったという「青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって」という言葉。 こちらは詩人らしいウィットに富んだ言い回しとも思える。 それに比べ、菊池寛vs今東光、永井荷風とのやり取りは、もう小学生の喧嘩みたいで笑うしかない。 とは言え、文豪も人の子。 腹が立つものは腹が立つだろうし、芸術家肌の人のほうが却って子供っぽいのかも知れない。 私はあなたの文章を本屋の店頭で読み、たいへん不愉快であった。 ・・・ 事実、私は憤怒に燃えた。 幾夜も寝苦しい思いをした。 小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。 そうも思った。 ・・・ ただ私は残念なのだ。 川端康成の、さりげなさそうに装って、装いきれなかった嘘が、残念でならないのだ。 こんな筈ではなかった。 たしかに、こんな筈ではなかったのだ。 あなたは、作家というものは「間抜け」の中で生きているものだということを、もっとはっきり意識してかからなければいけない。 本書は名だたる文豪たちが記した「悪口」を集めた異色の作品ですが、歴史的に証明されているその文章力で他者をいかに罵っているのか興味があり、本書を手に取りました。 結論から言うと、本書の内容に少しがっかりしました。 いや本書はそのうたい文句通りに、稀代の文豪たちがただひたすらに相手を指弾する言葉をこれでもか、とばかりに書き連ねているのですが、なんというか、ひねりが少ないです。 思うに、これら文豪たちは想像力豊かにしてそれを文章に落とすことにかけては天下一品ですが、こと現実の人や事柄を罵るとなると常人の表現に落ち着いてしまうのでしょう。 菊池寛や永井荷風の章では、語彙こそ豊かではあるものの目を引く文章はありません。 本当に、単なる俗な批判文が延々と続きます。 しかし、太宰治や佐藤春夫の「悪口」には読ませる何かがあります。 彼らはたぶん純粋なのでしょう。 純粋がゆえに、現実の事物に対してもどこか夢心地であったり、燃える情熱が文章に表れています。 読みごたえがあります。 一方で、そんな太宰の自死を受け、友人の坂口安吾が太宰の行動・心理を分析した「不良少年とキリスト」にもとても鋭いものを感じました。 これは悪口とは言えないものの、とても読みごたえのある内容でした。 全般的に期待した内容ではないものの、部分部分でキラリと光る文章を楽しむことができる異色の作品ではないかと思います。 他人の妻は平気で寝とる、誘惑する、捨てる、金はせびる、返さない、友をなじる、捨てる、嫉妬する......。 しかしここまで悪口が達者だと、やっぱりすごいのかもしれない、大家とはこういうものだ、と思ってしまう。 太宰治はまあコンプレックスの塊で、 「いやしいねえ。 実にいやしいねえ。 自分が、よっぽど有名人だと思っているんだね」(24頁) と言ってみたり、川端康成に 「刺す。 」(16頁) と言ってみたり、いやいや、なんともあけすけ、露骨、大っぴら。 私の大好きな谷崎潤一郎は、自分の妻が嫌で、妻の妹に懸想するが振られてしまう(当たり前だ)。 しかしその後妻とよりを戻す。 最低だなこのおっさん。 そして恋敵の佐藤春夫とは丁々発止、 谷崎はこういう。 冷静ぶってないで言えよ、汚いところをむきだしにせよ(212頁) お涙頂戴なんてことをするな! という内容の書簡を送っている。 あの美しい言葉遣いの、タニザキはどこへ? まあ文豪たちの口汚さったら! 人間らしいというか、黒々として正視に耐えない。 が、だからこそ文豪なのかも。 清濁併せ持つから、他人の心を引きつけるのだから。

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『文豪たちの悪口本』彩図社文芸部編(彩図社)

文豪 の 悪口

Contents• 文豪たちの悪口本 文豪と呼ばれる大作家たちは、悪口を言うとき、どんな言葉を使ったのだろうか。 川端康成に「刺す」と恨み言を残した太宰治、周囲の人に手当たりしだいからんでいた中原中也、女性をめぐって絶交した谷崎潤一郎と佐藤春夫など、文豪たちの印象的な悪口エピソードを紹介しています。 出典: 太宰治の、芥川賞への執念を込めた手紙から、ぶっ飛びエピソード満載の中原中也、好きな女性をめぐっての手紙合戦などなど、文豪たちの人柄もわかる楽しい本でした。 中でもお気に入りを抜粋します。 ペンは剣よりも強しな太宰治 愚痴のようなものを綴った「悶悶日記 もんもんにっき 」はネガティブ全開。 こんなエピソードから始まります。 郵便受けに、生きている蛇を投げ入れていった人がある。 悶悶日記 郵便受けに蛇が入っていてイライラしている様を、ここまで流れるような言葉で綴れるのは素晴らしい。 投げ入れていた 人がある。 7・5・3。 このテンポの良さ。 また、 自分で生活費を稼ごうなど、ゆめにも思うたことなし。 このままなら、死ぬよりほかに路がない。 悶々日記 ゆめにも思うたことなし。 後日、太宰の姉から「 何時も御金のさいそくで私もほんとに困って居ります。 御金は粗末にせずにしんぼうして使わないといけません。 」という手紙ももらっています。 金使いの荒さに加え、自分では稼ぐつもりはないと断言している様には、思わず爆笑してしまいました。 しかし、その後小説を書き上げた太宰は、友人への借金を返せると喜んでいるエピソードもあり、健気な一面も見せています。 太宰は芥川賞への憧れも強く、候補作にも選ばれていたものの結局賞をとることはありませんでした。 川端康成の、「 鎮痛剤中毒の太宰は芥川賞にふさわしくない」という発言もあり、それに対して太宰はこんな言葉を向けています。 小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。 そうも思った。 大悪党だと思った。 川端康成へ向けた、芥川賞への執念 刺す。 のパワーワード。 本人に直接悪口を言うエピソードは聞かないものの、筆を持つと強くなる太宰。 志賀直哉に向けてもブチ切れた文章を載せています。 おまえの「うさぎ」には、「お父さまは、うさぎなどお殺せになさいますの?」とかいう言葉があった筈で、まことに奇異なる思いをしたことがある。 「お殺せ」いい言葉だねえ。 恥しくないか。 志賀直哉への恨み節はとどまることなく、本書では、 13ページにも及ぶ悪口が書かれています。 よくもまあ非難の言葉をこれだけ書けるもの。 詩人は悪口まで語彙力の塊・ロックな中原中也 詩人、中原中也。 喧嘩には強くないが、捨て台詞を吐いたり、人に絡むことが多かったようです。 初対面の太宰治に向けてはこんな言葉を放っています。 何だ、おめえは。 青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって。 「 青鯖が空に浮かんだような顔」 なんだか想像つきますよね。 ぽかんとしている様。 ああ、上手いこと言うなぁとしみじみ思いました。 このとき太宰は、中原中也のことを尊敬していたので萎縮してしまい、そのあと好きな花を聞かれた太宰は泣きそうになりながら「モモノハナ」と答えるも、「 チェッ、だからおめえは。 」と言われてしまいます。 かわいそう。 中原は酔うと太宰の家へ行き、バーカーバーカと低俗な言葉でいじめるのですが、太宰は布団にくるまって泣いていたといいます。 からむ中原。 泣く太宰。 そんな太宰は、中原のことを「 なめくじみたいにてらてらした奴で、とてもつきあえた代物ではない」と言っています。 とにかく口が悪い中原中也ですが、さすが詩人です。 言葉のチョイスが素晴らしい。 やい、ヘゲモニー 坂口安悟に殴りかかったときに放った言葉 ヘゲモニーには、権力者という意味があります。 中原が想いを寄せていた子が、坂口を好いていたことに腹を立ててこの言葉を放ちますが、と うの中原は大柄な坂口を怖がり、近くには寄らなかったそう。 殺すぞ。 飲んでいたときに中村光夫の頭をビール瓶で殴ったときに放った言葉 太宰の「刺す。 」に続いて出たパワーワード「 殺すぞ」 これは飲み会の席での発言です。 本当に殺すつもりはなかったものの、友人が「卑怯だぞ!」と怒鳴ると「俺は悲しい」と泣き叫びました。 また、中原は29歳のときNHKの面接に行くも、経歴を詩生活としか書かなかったことに突っ込まれ、「それ以外の履歴が私にとって何か意味があるのですか」と答えています。 当然、不採用。 その後は仕送りのみで生活し、働こうとはしませんでした。 太宰を非難する志賀直哉 太宰は志賀直哉に反発心を持っていました。 それを知っていた志賀直哉は太宰に向けて非難の言葉を向けています。 とぼけて居るね。 あのポーズが好きになれない。 志賀直哉は太宰の作品を酷評すると、太宰も激怒。 続けて志賀直哉に向けて恨み節を綴りました。 夏目漱石が妻へ向けた言葉 「吾輩は猫である」や「坊ちゃん」などの代表作を生み出した夏目漱石。 穏やかな人なんだろうと想像していましたが、実際は癇癪持ちだったそう。 特に妻、境子に向けた言葉 お前はオタンチノパレオラガスだよ オタンチノパレオラガス。 もう意味が分かりません。 間抜けを意味する、東ローマ皇帝コンスタンチン・パレオロガスと、おたんちんという言葉をかけたこの言葉。 漱石のお気に入りだったようで、吾輩は猫であるにもフレーズとして記載しています。 名前を間違われたことに腹を立てる菊池寛 「文藝春秋社」の創設者でもある菊池寛と、作家、永井荷風はとても仲が悪かったといいます。 まずは自分の名前を間違えた永井荷風への恨み節。 自分の名前を書き違えらえるほど、不愉快なことはない自分は、数年来自分の姓が菊池であって、菊地ではないことを呼号しているが、未だに菊地を誤られる。 また、永井荷風も菊池の噂を聞くたびに罵倒し、 世間の悪化の原因は菊池にあるとまで書きなぐっています。 お互いがお互いのことをこれまで嫌うというのはなかなかのもの。 もう一周回って好きなのでは? 1人の女性を巡って手紙合戦をする谷崎潤一郎と佐藤春夫 直接言えばいいものの、それができないのが彼ら。 最初は谷崎が佐藤に対し、直接会って話そうということを切り出すも、佐藤はこんな手紙を谷崎に送っています。 折角だが、僕は君の家へ行って、君と言葉で腹蔵なく話合うことは忌避する。 その理由は、僕はおしゃべりにも似合わず、激してくると言葉で心が表現できなくなる。 しどろもどろになる。 君は言葉尻をとることの上手な人だ。 揚足もとる人だ。 それを僕は別に大して非難はしない。 一種の才能だと思う。 会話って手紙とは違い、瞬発力が求められます。 とくに喧嘩だと。 佐藤は自分が言い返せないことを危惧し、会わずに手紙でのやりとりを希望。 しかし、谷崎には「一種の才能だと思う。 」というフォローの言葉も入れている。 それもそう。 じつは2人は元々親友。 1人の女性を巡るまでは仲の良い友人だったものの、このことがあってからは絶交してしまったといいます。 この手紙にもセンスを感じるのがテンポ感。 ・表現できなく なる。 しどろもどろに なる。 ・言葉尻をとることの上手な 人だ。 揚足もとる 人だ。 文末が重なることはあまり良くないとされていますが、このテンポ感の良さ。 はー、こういう言い回しをしたら違和感なく文章をつくれるのか、と、ただただ感心してしまいました。 この手紙は5月末~6月末の約1ヶ月の間に、11通も続きます。 終わりにかけてだんだんヒートアップしていく文面。 最後には谷崎が佐藤に向けて 僕はこの手紙を、君に恥をかかせるつもりで書いた とまで残しています。 その後、なんとか関係は修復。 2人の間で取り合いとなった女性、千代は佐藤と結婚しています。 文豪たちは悪口までセンスのかたまり 最初わたしはスタバでこの本を開いたのですが、初っ端から面白すぎて笑いをこらえるのに必死になりました。 外、特に電車の中で読むことはかなり危険です。 悪口の内容は過激なものも多いですが、言い回しや言葉選びのチョイスはやはり文豪。 センスのかたまりに溢れていました。 言い回しだけではなくテンポの良さ。 ただ読むだけではなく、 言葉選びに迷ったときに読むと、何か得られるかもしれません。

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